応接室では、老人がお茶菓子のクッキーを食べている。
三人は、まだクッキーにも紅茶にも手をつけない。
そのとき、龍生が意を決したように立ち上がる。
龍生
「ぼ、僕たちをどうするつもりですか!」
八千代と和馬が一瞬龍生を見たあと、二人で老人を睨む。
老人は不思議そうな顔をする。
「なんじゃ? さっきも話した通りじゃよ?」
そして、八千代を見る。
「そこの女の子、あー、名はなんという?」
八千代が恐る恐る答える。
八千代
「八千代です……」
「おおー、八千代君か。そうじゃ、八千代君の体調が良くなるまで、休んではどうじゃと誘っておったじゃろ?」
「バウバウ!」
リンクルが、八千代と和馬の周りをクルクルと回る。
「ほほほ、リンクルも嬉しそうじゃよ」
「まぁ、かしこまらずクッキーでも食べてはどうじゃ?」
「そこのニードが作るクッキーは絶品じゃよ」
ニードと呼ばれた女性は、無表情のまま言う。
ニード
「どうぞ、お召し上がりください。
お口に合えばいいのですが……」
三人が一斉に女性を見る。
無表情で、まだ怖い。
リンクルが、
「バウバウ!」
「キューン」
と、あまり可愛くない声で鳴く。
和馬が、ふとクッキーを食べてみる。
ザク!
食感がザクザク。
舌の上でバターの香りが鼻を抜け、幸福を呼ぶ。
和馬
「美味しい!
美味しいよ、これ!」
龍生と八千代は和馬を見て、
何してんだ!
という顔をする。
老人はニッコリ微笑む。
ニードは無表情なまま答える。
ニード
「ありがとうございます」
その姿を見て少し緊張がほぐれたのか、龍生も一つクッキーをつまむ。
龍生
「おいっし!
本当に美味い!」
龍生は、もう一つ手に取り食べる。
和馬もそれを見て、二つ、三つと手に取る。
八千代は二人を見ながら、興味もあり、二人が食べたからしょうがないとクッキーを口にする。
八千代が驚きの顔をする。
「ほんとだ、すごく美味しい」
「お店で売っているクッキーみたい」
龍生
「八千代がそういうなら間違いないやつだ!」
老人はカップを傾けながらニコニコしている。
「ニード、やはりお前のクッキーは絶品らしいのぉ」
「みなの心を溶かしてしまったようじゃ」
ニードは無表情で答える。
ニード
「ありがとうございます。光栄です」
龍生と和馬がもりもり食べるため、用意されていたクッキーが少なくなると、
ニード
「まだ数はありますが?」
龍生と和馬は、クッキーを頬張りながら手を挙げる。
「お願いしまふ!」
こそっと八千代も手を挙げる。
「私も……」
ニード
「では、お持ちします」
ニードはキッチン方面へ向かう。
老人が言う。
「まぁ、まぁ、クッキーはまだある」
「紅茶など飲み物もあるから、喉に詰めんようにの」
「ここで死なれては困るわい」
龍生が胸をドンドンしながら、思い出したように言う。
龍生
「そ、そうだ! さっき僕らを食べるって言った!」
老人は、口に含んでいた紅茶を少し吹き出す。
「な、なんじゃと?」
龍生
「僕たち聞いたんだ!
子供『バウ!』一緒に食べるのも楽しかろうって!」
皆がリンクルを見る。
リンクルは首を傾げる。
「バウ?」
龍生がもう一度言う。
「子供バウ! バウ!」
「こどバウ! バウバウ!」
興奮したのか、リンクルが止まらなくなる。
「バウバウ!」
ニードがクッキーを持って戻ってくる。
ニード
「リンクル……」
リンクルはピタッと止まり、しっぽだけをフリフリと振る。
八千代がつぶやく。
「これだ……」
子どもたちは顔を見合わせて大笑いする。
「バウ?」
リンクルは首を傾げる。
三人の笑い声が、古い応接室に響く。
緊張の糸が解けた龍生たちは、学校で広まっている噂を老人へ話す。
誰もいない墓地へ現れること。
墓に光をあて、サスサスとなでていること。
その姿を見た人もいること。
話しかけられた人もいること。
泣いて帰った人までいること。
老人は楽しそうに笑う。
「ははは、わしもいよいよ有名人になったのぉ」
「伝説の人、グレコか……ほほほ」
ニードが静かに言う。
「怪談です……」
「まぁ、どちらにせよ、噂の人ということじゃ」
ニード
「そうですね」
老人は何かを思い出したように言う。
「そういえば、ワシの自己紹介がまだじゃったのぉ」
「ワシはこの辺りで『グレコお墓探偵社』を営んどる、お墓探偵のグレゴリーじゃ。みなからはグレコと呼ばれておる」
「そして最近では、この地域で有名人として名が知れとる、伝説の人じゃ!」
グレコは胸を張り、ふふん、と自慢げな顔をする。
「……」
ニードは何も言わない。
グレコはニードへ手を向ける。
グレコ
「そして、そこに立っておるのが秘書のニードじゃ。クッキーなどのお菓子を作ればプロ級。しかし、仕事ぶりはそれ以上じゃ」
ニードは三人に向かって、静かに頭を下げる。
グレコが話を戻そうとする。
グレコ
「ところで、お主た――」
そのとき、リンクルが声を上げる。
「バウバウ、バウ、バウバウ!!」
和馬が笑いながら言う。
和馬
「はは、ぼくの紹介はってさ」
ニードがリンクルを見る。
ニード
「そのようです」
グレコ
「おお、おお、リンクル。すまぬな」
グレコがリンクルへ手を向ける。
グレコ
「この子はリンクル。わしの健康を支えてくれる名トレーナーじゃ。毎日十キロは歩いとるのぉ」
そして、少し寂しそうに続ける。
グレコ
「しかし……わしよりもニード派じゃ……」
ニード
「残念ですね」
「バウバウバウ!」
グレコがニードを見る。
ニードが静かに言う。
「リンクル」
リンクルは鳴くのをやめ、ニードの足元で待機する。
しっぽだけを振っている。
八千代が感心する。
八千代
「賢いのね」
龍生が続ける。
龍生
「ニードさんの指示にはね……」
和馬が笑う。
「はははは」
グレコが一度咳払いをする。
「オホン!」
それぞれがグレコへ注目する。
グレコは三人を順番に見る。
グレコ
「それで、お前さんたちは、うちの前で何をしとったんじゃ?
あー、タッちゃんに八千代君に……」
グレコは、まだ名前を聞いていない和馬を見て、顔を斜めにしながら、表情で、
君の名前は?
と問いかけたようだった。
和馬が元気よく答える。
「僕は和馬、星野和馬です!
今日はお兄ちゃんと八千代ネェと一緒に、お化け屋敷の探検に来ました!」
龍生は立ち上がって和馬を睨む。
龍生
「バカカー!」
八千代は座ったまま答える。
「う、うん!」
軽く咳払いをする。
八千代
「カズ君、まぁ……そうだけど」
龍生
「八千代〜」
龍生が恨めしそうに八千代を見る。
八千代
「でも、もう学校での噂は話しちゃったし、同じじゃない?」
龍生
「まぁ、そうだけどさ……」
龍生は言い終わると、力なく椅子に座る。
ボスン。
グレコは笑う。
グレコ
「ははは、和馬君。カーかカズ君か、うん。
カズ君は素直で正直だのぉ。
八千代君も優しくておおらかだ。
タッちゃんは、何やら忙しそうじゃのぉ」
つづく
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